無性に論破したくなってくる。…人は沢山いるはず。私は大田さん大好きですけど。太田なのか大田なのかちょっと分からないけど。多分、太田。
あの人が血管切れそうになりながら言ってることはもっともな事が多いですよね。しかし、私は正論を述べられるとどうしても逆の意見を突きつけて凹ませてやりたくなる。でも、私には頭が足りない。可哀相に。可哀相な私!脳みそが足りないなんて!!脳みそが足りないばっかりに絶好のもぐらを嬉々として叩くことが出来ないなんて!!!
ていうか、論破できると思う。ええ。なんか突拍子もないことを、奇天烈なことを、いきなり言い出したらあっさりいけそうな気もするんですが。どうかなぁ。
---ここから、変な私語り
ふと思い出したことがありましてぇ。幼稚園の頃の話しです。年少組さんのときの。私、クラスに一人はいるようなすっごい泣き虫でした。今でも覚えてますが、「先生、あんたみたいに良く泣く子はもう知りません!」って言われて、悪がきと一緒に廊下に立たされるくらい泣き虫でした。えーと、イジメとかはありませんでした。私が泣くのは、決まって先生が「〇〇しましょう」っていう授業の時間だったのですね。原因は、疑問も主張も持たない同じクラスの子たちでした。つまり周りの子らが怖くて泣いていたんですよ。
当時の私には理解できなかったんです。歌いたくもないのに「はーい。じゃ、みんなぁ、大きな声で大きなのっぽの古時計を歌いましょう」とかいきなり先生に言われて、急にみんな楽しそうに歌い出すのが。「だって、私は今、歌なんか歌いたくないのに。でも、みんなは歌いたかったの?」って。歌が歌えて嬉しい~!ってならない自分は一人だけ変なのじゃないかと、どうしてみんなみたいに歌いたくならないのかと、ずっと泣いていました。折り紙しかり、消防車の絵を描くのもしかり。だから、私の幼稚園の作品アルバムには先生が折った折り紙のアサガオとか、真っ白の画用紙が沢山紐で綴じられていました。卒園した後にそれを見るのはとても苦痛でしたが、でも当時、私の出来る自己主張は泣いて拒否することだけでした。
年長組さんになってから、何を思ったか私は、「これじゃいかん。大人になろう。何言われても泣かず、言われたことには従ってみよう」と大人の階段をひょっこり登りました。きっと、「協調性」って言葉を身体で覚えたのだと思います。でも、これを覚えたことによって「本当の私」は何処かに行ってしまいました。多分、「野生の個性」が失われたのがこの時だったのかもしれません。もし私が、年長さんを機会に泣かないようにしよう!と思わなければ、というか、タモさんみたく「お遊戯みたいなバカみたいこと恥ずかしくて出来るか」つって幼稚園すら行かなければ。ひょっとしたら、物凄いアーティストになったんじゃないかなって今でも思うんです。
でも、本当の(野生の)自分を殺してしまわなければ、その頃の友達には出会わなかっただろうし、今いる(人見知りだけど、どんな話題にも大概は付き合える)という自分もいなかったんですよね。因みに、今のこんな自分も大好きですよ。私。自分大好き人間ですから。
色々思い出したら腹が立ってきたこともありますよ。幼稚園のときの日直さんの日には自分で色を塗ったうさぎさんの札が黒板の横に掛けられるのですが…。みんな、真っ白か茶色や黒のうさぎさん。みーんなみんな、そんなうさぎさん。リアリティありあり。すごいすごい。しかし、私のうさぎさんだけは真っ青なバディに真っ赤な目玉が超怖いやつだった。みんな、子供だからもう少しファンタジーってのかなぁ。夢みてもいいんじゃねーの?って思った。
更に小学1年生のときの学芸会。私以下クラスの1/3はパンを狙うねずみさんの役柄で、ねずみのお面を作成しました。みんなのお面はねずみ色のクレヨンを塗ったくったねずみ色のねずみさん。私のだけオレンジ鮮やかな眩しいねずみさんでした(あと、ガキ大将みたいな子が一人ミッキーの配色にしてたかな。あれは上手だった)。うーん、分かるんだけどよぅ、うちら子供だぜ?もっと夢を見ようよ~。と感じた時点で私の方が子供ではなかったのか…。これが今の疑問です。
鬼のお面だってさ~、いいじゃん、額に三本角があるヤツがいてもさ~。って思ってた。私のだけ異端な鬼さんになってた。でもいい。お前は輝いていたよ。
つまり、如何に私が変わり者なのかってのも分かってもらいたい。という話しなのですが、どっちかっていうと、子供の個性とか夢を大事にするか、「子供なのに現実見えててすごい」ってのを尊重すべきなのか。最近、そんなつまらん事でも悩みますっていうお話でした。
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